高麗芝はなぜ「高麗」?|名前の由来と日本の芝の歴史
編集: しばしば芝編集部(編集方針)
高麗芝の「高麗」がどこから来たのかは、実ははっきりしていません。「高麗」は日本で朝鮮半島を指す言葉ですが、名付けの理由を書いた記録は見つかっていないからです。分かっているのは、江戸時代の1710年代はじめに出た百科事典『和漢三才図会』に新しい芝として載ったのが早い記録だということです。この記事では高麗芝の由来の諸説と、平安の庭から城の土手、明治の公園まで続く日本の芝の歴史をたどります。最後に、昔から日本で使われてきた理由を、今の庭の手入れにつなげます。
この記事でわかること
- 「高麗芝」という名前について、記録で確かめられることと、はっきりしないこと
- 学名 Zoysia の由来と、「高麗芝」「コウライシバ」の名前のややこしさ
- 平安時代の庭や江戸時代の城・堤防で、芝がどう使われてきたか
- 明治以降の公園・ゴルフ場と、芝の栽培が産業になるまで
- 昔から使われてきた理由を、家庭の芝の手入れにどう生かすか
「高麗」の由来ははっきりしない|記録で分かること
高麗芝の名前の理由を書いた記録は、確かめられる範囲では見つかりません。分かるのは、いつごろ、どんな名前で記録に出てくるかです。
国語辞典の『日本国語大辞典』は、「高麗芝」の初出の例として『和漢三才図会』を挙げています。寺島良安が正徳年間(1710年代のはじめ)にまとめた、絵入りの百科事典です。日本芝草学会の学会誌『芝草研究』の連載「芝生文化考」は、この本に新しい種類として「コウライシバ」が載り、それまでの芝と一緒に使われるようになったと説明しています。
同じ辞典には、別名として「ちょうせんしば」「いとしば」「ひめしば」が並んでいます。「高麗」は日本で朝鮮半島を指す言葉で、「こま」と読む場合は、名詞の上に付いて朝鮮半島から伝わった物を表すとされます(デジタル大辞泉・日本国語大辞典)。名前だけを見れば、海の向こうから来た芝という印象で呼ばれた可能性はあります。
ただし、それを裏づける記録は確かめられません。高麗芝として売られているコウシュンシバは、日本にも自生するとされています(農林水産省 草地試験場〈当時〉の調査報告)。植物の世界的なデータベースでは、台湾・中国南東部・朝鮮半島・東南アジアなどアジアの広い範囲が自生地とされ、資料によって範囲の扱いが分かれます。どこか一か所から伝わったと言い切れる材料はありません。「朝鮮半島から来たから高麗」という説明を見かけたら、一つの説として受け取るのがよさそうです。
学名と流通名のややこしさ|「高麗芝」と「コウライシバ」は別物
庭で使う「高麗芝」は、植物の分類ではコウシュンシバという種類です。分類上の「コウライシバ」は、ビロードシバの名で流通する、さらに葉の細い別の芝を指します。
J-STAGE に載った芝の解説によると、国内で商業的に流通するシバの仲間は主に2種類です。シバ(Zoysia japonica)が「野芝」、コウシュンシバ(Zoysia matrella)が「高麗芝」の名で売られています。分類上の名前と業界の呼び名に混乱があることは、この解説でも注記されています。日本芝と西洋芝の全体像は芝生の種類と選び方で見渡せます。
お店での呼び名 | 分類上の和名 | 学名 | 記録に残る主な名前 |
|---|---|---|---|
野芝 | シバ | Zoysia japonica | 古くは「しば」。江戸時代まで芝の主役 |
高麗芝・姫高麗芝 | コウシュンシバ | Zoysia matrella | 江戸時代の『和漢三才図会』に「コウライシバ」の名が出る(今のどの種にあたるかは資料で確かめられない) |
ビロードシバ | コウライシバ | 資料により扱いが分かれる | — |
属名の Zoysia(ゾイシア)は、人の名前に由来します。オーストラリアの植物名索引(APNI)によると、1801年に植物学者ウィルデノウがベルリンの学会誌で発表し、カルニオラ(今のスロベニアの中心部)の地主で植物収集家だったカール・フォン・ツォイス(1756〜1800)にちなんで名付けました。日本の野芝が Zoysia japonica として発表されたのは1850年代です。高麗芝の学名は、1771年にリンネが Agrostis matrella として発表した名前がもとで、1912年に Zoysia 属に移されて今の Zoysia matrella になりました。品種ごとの育て方は高麗芝の育て方ガイド、葉の細さの違いは高麗芝と姫高麗芝の違いにまとめています。
古代〜平安|芝は「憩いの野」と「地面を守る材料」
日本の芝の始まりは、記録がとても少ないことから分かっていません。『芝草研究』の連載は、日本は森林の多い国で草原がもともと少なく、芝生は貴重な存在だったと書いています。
手がかりは古典です。『万葉集』には「しばくさ(志婆草)」や、春の野で遊ぶ「野遊(のあそび)」の歌があります。ただしこの「しばくさ」は、雑草も含む野の草だった可能性も指摘されています。「芝居」という言葉は、もともと芝生に腰を下ろして憩うことを指したと説明されています。人が集まって芸能を楽しむ場が、やがて演劇の名前になったという説です。
平安時代になると、辞書に芝の名前が出てきます。『新撰字鏡』(898〜901年)に「志波」、『倭名類聚抄』(931〜938年)に「之波」とあります。平安時代末の庭づくりの書『作庭記』には、池の中島の木の根元や、平地から築山へ移る斜面に芝を植える記述があります。連載は、この頃の芝は遊ぶためより、地表を守り景色を整えるためだったと見ています。
ちなみに「芝」という漢字がシバに一般に使われるようになったのは室町時代ごろで、それまで「芝」はきのこの仲間を指していたそうです。
室町〜江戸|芝庭・芝土居・芝の売り買い
江戸時代までに、芝は庭の景色と、土手を崩さない土木の材料という二つの役目を持つようになりました。需要が増えて、売り買いと栽培も始まります。
庭の芝|芝庭から大名庭園へ
室町時代、雪舟がつくったと伝わる山口の常栄寺庭園は、庭石の間に芝生が広がる庭です。連載は「日本に初めて出現した本格的な芝庭といえるかも知れない」と書いています。茶の湯の書『南方録』には、「もず野」の露地(茶庭)はすべて芝生だったという記述があります。江戸時代の大名庭園では、岡山の後楽園のように広い芝生が庭の中心になりました。
土木の芝|芝土居と堤
同じ『芝草研究』の別の論文は、城や堤防の芝を整理しています。土を盛った土塁に芝を伏せたものを「芝土居(しばどい)」と呼びました。江戸時代の兵学書『武教全書』の寸法から計算すると、たたき固めただけの土居は勾配が約45度です。芝土居は約60度まで急にできました。根が張って崩れを防ぐためとされています。
江戸時代の農書『百姓伝記』には、堤に貼る芝として「野芝」「山芝」「八重芝」が挙がります。山芝や八重芝は今の高麗芝の仲間だった可能性があるという見方があります。一列おきに芝を植える「へり芝」は、今の道路の斜面で見る「筋芝(すじしば)」と同じ考え方です。
芝が商品になる
元禄14年(1701年)の地誌『摂陽群談』には、大阪の阿部野で芝を切り取って民家に売り、庭に築山をつくって楽しんだ様子が書かれています。この芝は野芝ではなく、高麗芝に近いものだったといいます。連載によると、江戸時代には自生地から採るだけでは足りなくなり、栽培の記録が出てきます。浮世絵には、切り芝の束が売られる様子も描かれています。
明治以降|公園・ゴルフ場・西洋芝と、芝の産地
明治に入ると、公園やゴルフ場で、広い芝生に入って遊ぶ使い方が一気に広がりました。
年 | できごと | 出どころ |
|---|---|---|
明治元年(1868年) | 築地ホテルの庭が、最古の洋風芝生庭園として知られる | 『芝草研究』の連載 |
1901年 | 神戸・六甲山上につくられたゴルフ場でゴルフが始まる | 『芝草研究』の連載 |
1903年 | 日比谷公園が、近代的な洋風公園の先駆けとして開園 | 東京都建設局 |
1906年 | フランスの園芸学校の教授の設計で、新宿御苑の改修が完成 | 環境省 |
明治末ごろ | 高麗芝(コウシュンシバ)の栽培が東京周辺で始まる | J-STAGE の芝の解説 |
1958年 | 鳥取県で姫高麗芝の試作が始まる。翌年、茨城県から技術者を招く | 鳥取県 |
日比谷公園の芝生は人気を集めました。連載が紹介する当時の東京市の記録では、全面公開から20日ほどで傷みがひどくなり、南北に分けて交互に立ち入りを止めたそうです。広い芝生で遊ぶのに慣れていなかった人々の様子が伝わる話です。
同じ頃、欧米の常緑の芝が持ち込まれ、北海道やゴルフ場に植えられました。日本の芝と区別して「西洋芝」と呼ばれたのはこのためです。昭和30年ごろには道路や河川の工事、ゴルフ場で芝が使われるようになり、野芝の栽培も始まりました。今の産地と出荷の数字は日本の芝生産の統計で詳しく紹介しています。
なぜ日本の庭で使われ続けてきたのか
野芝と高麗芝は、踏まれても横に広がって地面を覆い、根で土をつかむ芝です。芝土居にも公園にも使われてきた理由は、この性質にあります。
芝の解説によると、野芝(シバ)はほふく茎(地面を横に這う茎)がマット状に広がり、踏みつけに強く土を保つ力も強い芝です。西洋芝より水が少なくて済み、病気にも強いとされます。草地試験場の調査では、自生地は海岸や放牧地など、ほかの草が育ちにくく日当たりのよい場所でした。牛や人に踏まれる場所で、むしろ残ってきた芝だといえます。
一方で、弱点もはっきりしています。埼玉県の芝生管理マニュアルによると、こうした夏芝は12℃以下で休眠して茶色になり、休眠中は傷を直す力がありません。擦り切れへの強さは野芝の方が上で、高麗芝はバミューダグラスよりも弱いとされます。そのかわり葉がきめ細かく、乾燥には野芝と並んで強い芝です。暑さに強い芝の比べ方は暑さに強い芝生の種類にまとめています。
家庭の庭に持ち帰れること
歴史をたどると、今の手入れの「なぜ」が少し見えてきます。どれも昔の人が経験で選んできたことです。
- 日当たりを優先する: 自生地が日当たりのよい開けた場所だったように、芝は光を好みます。日陰の場所は、芝以外の植物も候補に入れて考えます
- すき間は「横に伸びる力」に任せる: へり芝や目地張りは、ほふく茎がすき間を埋める性質を使った張り方です。張った直後にすき間があっても、生育期に横へ伸びて少しずつつながっていきます
- よく踏む場所は休ませる: 日比谷公園が区画を分けて交互に休ませたように、通り道を少しずらすだけでも傷みが分散します。特に休眠中の冬は回復しないので、同じ場所ばかり踏まないようにします
- 芝の種類は「見た目」と「強さ」の釣り合いで選ぶ: 葉のきめ細かさを重く見るなら高麗芝、擦り切れへの強さを重く見るなら野芝、という選び方ができます。野芝の選び方は野芝の購入ガイドが参考になります
同じ高麗芝でも、日当たりや踏まれ方で育ち方は庭ごとに違います。張った時期や傷んだ場所を短くメモしておくと、何年かあとに自分の庭の傾向として振り返れます。アプリ「しばしば芝」のお手入れ記録に、気づいたことを一言残しておくのも一つの方法です。
よくある質問
高麗芝はなぜ「高麗」という名前なのですか?
はっきりした理由は分かっていません。「高麗」は日本で朝鮮半島を指す言葉で、別名に「ちょうせんしば」もありますが、名付けの理由を書いた記録は確かめられません。高麗芝として売られているコウシュンシバは日本にも自生するとされるため、「朝鮮半島から来た」とは言い切れません。
高麗芝はいつから日本で使われていますか?
「コウライシバ」の名前は、江戸時代の1710年代はじめの百科事典『和漢三才図会』に新しい種類として載ったのが早い記録です。元禄14年(1701年)の大阪の地誌には芝を切り取って売っていた記述があり、その芝は高麗芝に近いものだったという見方があります。東京周辺で高麗芝の栽培が始まったのは明治末ごろとされます。
高麗芝と野芝はどちらが古いのですか?
『芝草研究』の連載によると、江戸時代まで芝の主役は野芝でした。高麗芝は江戸時代に新しい種類として記録に加わり、野芝と一緒に使われるようになったと説明されています。どちらも日本の気候に合った暖地型の芝です。
学名の Zoysia は何に由来しますか?
カルニオラ(今のスロベニアの中心部)の植物収集家、カール・フォン・ツォイスにちなみます。1801年に植物学者ウィルデノウが、ベルリンの学会誌で属名として発表しました。英語ではこの仲間を zoysiagrass(ゾイシアグラス)と呼びます。
「芝居」という言葉は芝生と関係がありますか?
関係があると説明されています。「芝居」はもともと芝生に腰を下ろして憩うことを指し、そこで芸能が演じられるうちに演劇を指す言葉になったという説です。日本芝草学会の学会誌の連載でも、この流れが紹介されています。
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